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H13. 2.23 前橋地方裁判所 平成10年(ワ)第66号 損害賠償請求

 

 

事件番号  :平成10年(ワ)第66号

事件名   :損害賠償請求

裁判年月日 :H13. 2.23

裁判所名  :前橋地方裁判所

 

 

平成13年2月23日判決言渡・同日判決原本領収 裁判所書記官 

平成10年()第66号損害賠償請求事件

口頭弁論終結の日 平成12年9月22日

          判       決

          主       文

1 被告は,原告に対し,金50万円を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

          事実及び理由

第1 請求

  被告は,原告に対し,金500万円を支払え。

                     

第2 事案の概要

 本件は,原告が被告に対し,獣医師の購読する情報誌上に被告が原告の名誉ないし名誉感情を毀損する内容の記事を掲載したことにより,精神的損害を被ったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金500万円の支払を求めた事案である。

 

 1 前提となる事実(争いのない事実)

 

(1) 当事者

 

ア 原告は,前橋市内で動物病院を開業する獣医師であり,平成7年から同10年3月まで社団法人群馬県獣医師会(以下「群馬県獣」という。)の専務理事を務め,同9年から日本小動物獣医師会(以下「日小獣」という。)の理事・学術部長の地位にある。

 

イ 被告は,岐阜県岐阜市内で動物病院を開業する獣医師であり,昭和54年に全国開業獣医師問題懇談会を設立し,同会刊行物「A新報」の編集刊行を行っている。

 

(2) 被告による「A新報」への記事の掲載

 

ア 「A新報」は,全国開業獣医師問題懇談会の会員及び会員以外の購読希望者に配布されており,その配布量は,1回につき約800部である。

 

イ 被告は,平成9年12月19日発行の「A新報」(以下「本件雑誌」という。)第abc号上に,その執筆した別紙記事内容(以下「本件記事」といい,各項の記事をそれぞれ「記事内容1」等という。)記載の文章を含む記事を掲載し,これを配布した。

 

 2 争点

 

(1)         本件記事の掲載・配布は,原告の名誉を毀損し,又は侮辱するものであるか。

 

(原告の主張)

 本件記事には,次のとおり,原告の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するとともに名誉感情を害する記載部分がある。

ア 犬の難病であるフィラリア(糸状虫)症の予防薬が薬事法第49条の1の規定に基づく省令の改正により要指示薬に指定されると,利用者は薬局で自由に購入することはできず,獣医師の判断に基づく処方箋が必要となり,利用者に負担をかける結果になることは否めない。

しかし,上記指定がなく,自由に使用されたときは,副作用などにより危険な結果をもたらす症例の多数発生が予測され,従って,一般人の判断で投薬することは危険であるとして,獣医師や日小獣,地区の単位会などの各種団体が,要指示薬化に向けて活動していた。

しかるに,本件記事中,「獣医師が食えんようになるから」フィラリア予防薬を要指示薬化する行動をした旨の記載部分(記事内容2,4)は,あたかも,獣医師が不当な利益を得るために,法的規制をして利用者に負担を強いるという,反社会的な目的のために原告が活動しているということを言い表しており,原告の行動がきわめて非常識で反社会的なものという印象を与える。

 

イ 本件記事中には,「日小獣の理事として学術部長をしている群馬県獣のK氏」(記事内容2),「群馬県獣の専務理事」(記事内容6)等の表現が用いられているところ,該当者は原告以外になく,獣医師にとってはそれが原告を示すことは容易に判断できる。

 

ウ 本件記事中には,「問題の理事」,「独断によるぶちこわし行動」(いずれも記事内容3),「わきまえのない行動」(記事内容4),「なんという破廉恥な言動か」(記事内容5)等の侮辱的文言が多用されている。

 

(被告の主張)

 本件記事の掲載・配付については,以下の理由により名誉毀損及び侮辱は成立しない。

 

ア 本件雑誌は,購読会員及び賛助会員という特定の獣医師及び製薬会社に対し,約800部を配布するのみであって,きわめて限定された者を対象とするにすぎない情報誌であるから,これに記事を掲載したことだけで直ちに原告の社会的評価を低下させることはない。

 

イ 社会的評価の低下は,具体的な文章表現,対象となる読者,文章全体の文脈等を総合的に考慮して評価すべきであるところ,本件記事は,次のA~Eのとおり,「群馬県獣」の動きを指摘したものであり,原告個人のことを殊更に述べた記事ではなく,また,原告本人についても,K氏との匿名表現を用いており,原告本人を対象としたものではないか,原告への配慮と記事内容の具体性を調和させるために社会的に許される程度の婉曲的表現となっているのであり,これにより原告の社会的評価を低下させ,あるいは,原告を侮辱することはない。

 

A 記事内容1の「『獣医師が食えんから』と社会を背にしたぶちこわしの政治活動」のタイトル部分の下には「フィラリア予防薬の要指示薬化に群馬県獣」と書かれてあり,群馬県獣の対応を問う内容である。

B 記事内容2は「群馬県獣のK氏が」「と陳情したというのである」とあり,群馬県獣の対応を問う記事となっている。

C 記事内容2ないし4には,いずれもK氏との表現があるが,この程度の表現からは,この文書そのものによってK氏が誰であるかを特定することは不可能である。

D 記事内容4には,K氏の発言として「その行動は日小獣とは関係ない」,「群馬県獣の専務理事としてやっただけ」との表現があり,群馬県獣の対応を問題とする意図である。

E 記事内容6は,「よくもまあ群馬県獣の人たちは」と始まっており,群馬県獣の対応を問う表現である。

 

ウ 本件記事の意図は群馬県獣の姿勢を問うものであり,原告を侮辱する点にあったのではないから,原告の名誉感情を害する記事とはいえない。また本件記事の表現方法も,匿名表現等全体を見れば,名誉感情を害するまでの不穏当な表現は使用されていない。

 

(2)         本件記事の掲載は,専ら公益を図る目的に出たものであるか。

 

(被告の主張)

 犬のフィラリア予防薬は,その使用方法を誤れば事故や副作用のおそれが高く,これを薬事法の要指示薬とするか否かは公共の利害に係る事実であり(争いがない),要指示薬化を推進するという公益を図る目的により記事にしたものである。

 

(原告の主張)

 フィラリア予防薬を要指示薬化することは公共の利害に関することであるが,本件記事は,公益を図る目的とは無関係の中傷記事である。本件記事内容2,4は事実無根であり,他の記事は事実の指摘のない侮辱文言である。

 

(3) 本件記事は,その主要な事実について真実であるか,被告が真実と信じるについて相当な理由があったと認められるか。

 

(被告の主張)

 本件記事は,その主要な事実について真実である。

 仮に真実でないとしても,その主要な事実につき被告が真実と信じるについては,以下のとおり相当の理由があった。

 

ア 原告は,平成9年11月3日の第6回理事会前日の運営会議の席上,フィラリア予防薬の専売特許権が切れて薬物販売になると獣医師が食えんようになる旨発言した。

その翌日の理事会の席でも,同旨の発言をした。

 

イ 原告は,同年9月30日,地元政治家を伴って農水省畜産局長のもとを訪れた。

 

ウ 原告は日小獣の学術部長であったが,要指示薬化を推進する事務を所管していたものではなく,上記イのような活動は日小獣の活動として行われたものではない。日小獣としての活動方針は,副作用症例を集め,農水省に実態調査を示すことで改善を図るとするもので,獣医師が食えんようになるからという理由で政治活動によって要指示薬化を獲得する方針ではなかった。

 

エ 原告は,日小獣が実態調査を示し改善を図る方向で動いていることを理解していなかった。

原告は,平成9年9月30日以降,被告に対し,農水省畜産局長から副作用症例の資料を送って欲しいと言われた旨要請したが,当時既に日小獣から畜産局長に対し副作用症例の資料は送付済みであった。

 

(原告の主張)

 原告が,獣医師が食えんようになるからとして陳情したこと,運営会議及び理事会の席上において,獣医師が食えんようになる旨発言したことは否認し,日小獣が政治活動によって要指示薬化を獲得する方針ではなかったこと,原告が日小獣が実態調査を示し改善を図る方向で動いていることを理解していなかったことは争う。

 

4 損害

 

(原告の主張)

 原告は,本件名誉毀損及び侮辱行為により精神的苦痛を被り,その損害額は金500万円が相当である。

 

第3 当裁判所の判断

 

1 前記前提となる事実,証拠(かっこ内に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

 

(1)フィラリア予防薬であるイベルメクチン製剤は,昭和62年に発売されたが,その原料であるイベルメクチンは毒薬に指定されており,これを含有する製剤の使用については慎重な取扱いが要請され,犬用のイベルメクチン製剤の使用に当たっては,獣医師が事前に血中のミクロフィラリアの有無を検査するなど犬の健康診断を行うとともに,その使用量に十分留意して投与する必要があり,獣医師の専門知識や技術の介在なしに投与されると犬の死亡や後遺症残存等の重篤な副作用が発生することがあった。

このため,製薬会社に対し獣医師の指導の下に使用することを使用説明書に明記してこれを義務づけるなどの行政指導が行われ,その結果,副作用症例は減少した。

しかし,イベルメクチン製剤は,平成10年10月をもってその製造特許が切れるため,その後は国内外の製薬メーカーが製造販売に参画し,フィラリア予防薬が薬局等で一般の薬として販売されるようになり,そうなると副作用または不適切な投与による犬の死亡が多発するおそれが懸念された。

そこで,イベルメクチン製剤の流通の適正を確保するため,獣医師の処方箋がないと販売できない薬事法49条の要指示薬と指定することを求める動きが始まった。

日小獣においては,平成8年5月5日の日小獣会務運営推進役員会において要指示薬化が不可欠であるとの方針が確認されたことから,これに向けて国との交渉を行うこととなり,被告は日小獣の獣医事部長として,交渉を担当していた。

日小獣は,フィラリア予防薬による重大な副作用発生の危険性があることを科学的に立証するため,副作用の症例を集め,平成9年7月20日から21日に高崎で行われた日小獣の年次大会において第1次中間報告として138例の副作用報告を発表した(甲14の5の1,同2,乙14)。

 

(2) 平成9年9月7日に日小獣の第5回理事会が開催され,フィラリア予防薬の要指示薬化問題が話題となった。

日小獣理事で薬事対策委員長であるBより,要指示薬にするためには薬事審議会に諮らなくてはならないので,たくさんの資料が必要である旨の,また,特許期限切れまであと1年となったので,政治活動を始めるべきではないかの発言があり,原告も,日小獣だけではなく,各県獣から声をあげて日獣(日本獣医師会のこと。以下同じ。)の声としてあげないと農水省も動けない,日本の政治は族議員によって動かされているが,日獣(政治連盟)の推薦委員は肝心な核に入っていない,効果のある人のところに行くとしても菓子折の一つも必要となるが,そのための支出は予備費から認めていただきたいなどと発言した。

議長を務めていた日小獣会長のCが,副作用報告の収集・分析をすることと,政治的に動く必要ができた時には予備費より支出する旨を確認し,異議なく承認された(甲11の1,13)。

 

(3) 原告は,平成9年9月30日,群馬県獣副会長のDとともに,群馬県獣の政治活動の一環として群馬県出身の衆議院議員であるEを訪問した。

この時同議員が農水省に電話を入れて農水省畜産局長のFとの面会を予約し,同議員同席の上で畜産局長と面会した(甲13,14の9)。

 

(4) 平成9年10月15日F局長から原告に電話があり,動物用医薬品の再評価及びそのスクリーニングを行うときに,イベルメクチンについては副作用についてだけでなく,その安全性についてもデータを集積して話を詰めることにしており,ついてはさらに多くの副作用データを薬事室宛に集めて欲しい旨告げられた。

また,これまで副作用報告の収集をしてきた日小獣では,引き続き,副作用報告の収集を行うべく,同月25日に開催が予定されていた関東地区獣医師連合大会において,参加者に副作用報告書と副作用例等収集協力要請文書を配布することとし,その準備のため,原告において,被告に対し,さらに多くの副作用報告を収集する必要があることを伝えて協力を依頼したところ,被告は同年10月20日に自ら作成した「副作用症例収集協力願い」の文案をファックスで送ってきた(甲8,13,14の10,14の11,原告本人,被告本人)。

 

(5) 平成9年11月3日の日小獣の第6回理事会に先立ち,午前中に運営会議が行われたが,同会議の終了直後に,被告と原告との間で,「食えなくなる」という発言を巡るやり取りがあった(甲13,14の9,14の14,14の15の1ないし3,原告本人,被告本人。後記)。

 

(6) 被告は,平成9年12月19日発行の本件雑誌上に,その執筆した本件記事を含む記事を掲載し,これを配布した。

 

2 争点1(本件記事の掲載・配布は,原告の名誉を毀損し,又は侮辱するものであるか。)

 

(1) 一定の購読者層を対象とする雑誌等に掲載された記事の内容が,名誉毀損ないし侮辱すべき意味のものかどうかは,その雑誌等の一般的な読者を基準として,記事において取り上げられた者の社会的評価がその記事によって低下すると認められるか否かによって判断されるべきであるところ,前記前提事実のとおり,本件雑誌は,購読会員及び賛助会員という特定の獣医師及び製薬会社関係者に配布される情報誌であるが,この誌上において獣医師である原告の言動を取り上げることは,その取り上げ方によっては,獣医学関係者間における原告に対する信頼を損ない,原告の獣医師としての社会的評価を低下させ得るものであるから,名誉毀損ないし侮辱は成立し得るというべきである。

 

(2) 本件記事は,前記前提となる事実のとおりであるが,これを全体としてみれば,「『獣医師が食えんから』と社会を背にしたぶちこわしの政治活動」(記事内容1)との見出しの下,「日小獣の理事として学術部長をしている群馬県獣のK氏」が地元の政治家を伴って畜産局長の元を訪ねて,「獣医師が食えんようになるから要指示薬化にして欲しい」旨陳情した,との事実を摘示し(記事内容2),これを「ぶちこわし行動」であると評し(記事内容3),さらに被告が理事会の席上で,K氏に対し記事内容2の言動を「わきまえのない行動」であると批判したところ,原告が専売特許権が切れると獣医師が食えんようになるのは事実である旨反論した,との事実を摘示し(記事内容4),これについて「なんという破廉恥な言動」と評した上(記事内容5),群馬県獣の理事であるK氏を「このような意識の人物」と評した(記事内容6)というものである。そこで以下,本件記事による原告の社会的評価及び名誉感情への影響を検討する。

 

(3) 本件記事の対象については,被告主張の点を考慮しても群馬県獣を対象とするものとは到底理解できず,K氏個人の言動を問題視する趣旨であることは明らかである。また,被告は「K氏」が原告であることは争っていないところ,原告が日小獣の学術部長や群馬県獣の専務理事であることは,日小獣の定期刊行誌,総会資料,役員名簿や,群馬県獣の総会資料等に記載されており,本件雑誌の読者である獣医師等にはK氏が原告であることは容易に知り得るところである(甲3ないし7)。

 

(3)         そこで,本件記事の内容を吟味すれば,当該記事は原告の名誉感情等を毀損しその社会的評価を低下させるものというべきである。

即ち,本件記事の意味するところは,本来フィラリア予防薬については,副作用などにより動物の生命等に対する危険な結果をもたらすことを防ぐ必要性があるという観点から要指示薬化がなされるべきであるのに,原告は,法的規制により利用者に負担を強いてでも獣医師が不当な利益を得るという反社会的な目的の下に,「食えんようになるから」と言って畜産局長に対し要指示薬化を陳情した上,これを批判されるとさらに「食えんようになるのは事実である」旨反論したということである。

そして,かかる意味合いは結果として,原告が利欲目的から手段を選ばず非常識で反社会的な行動をとっているという印象を読者に与え,その社会的評価の低下をもたらすものである(名誉毀損)とともに,原告の行動を「ぶちこわし」,「破廉恥」などと決めつけ,その県獣理事としての資質が疑わしいと評するものであって,原告の名誉感情を害するものである(侮辱)とも認められる。

 

3 争点2(本件記事の掲載は,専ら公益を図る目的に出たものであるか。)

 

 犬のフィラリア予防薬は,その使用方法を誤れば事故や副作用のおそれが高く,これを薬事法の要指示薬とするか否かは公共の利害に係る事実であることは当事者間に争いがないところ,前記のとおり,本件当時(平成9年)日小獣はフィラリア予防薬の要指示薬化に向けて国との交渉を行っており,被告は日小獣の理事・獣医事部長としてこれを担当していたもので,被告が本件雑誌に本件記事を掲載したことは,フィラリア予防薬の要指示薬化を推進するという専ら公益を図る目的に基づくものと認めるのが相当である。

 

4 争点3(本件記事は,その主要な事実について真実であるか,又は被告が真実と信じるについて相当な理由があったと認められるか。)

 

(1) 記事内容2,4の摘示事実の真実性について

 

 まず,原告が畜産局長を訪問した際に,獣医師が「食えんようになるから」フィラリア予防薬を要指示薬化してほしいと陳情したこと(記事内容2)に関しては,原告が平成9年9月30日にD県獣副会長とともにE議員を訪問し,同議員の紹介でF畜産局長に面会したことは,当事者間に争いがない。

しかし,この時に原告が「食えんようになる」と発言したことについては,原告は明確にこれを否定しており,被告もこの事実自体を確認したものではないことを自認しており(乙14,被告本人),その他これを真実と認めるべき証拠はない。

 次に,日小獣の理事会の席上において,被告が原告の言動を批判したのに対し,原告が「食えなくなるのは事実だから,そういうのは間違っていない」などと反論したこと(記事内容4)については,平成9年11月3日の理事会に先立ちその日の午前中に行われた運営会議の終了直後に,原告と被告との間で「食えなくなる」発言を巡るやり取りがあったことは当事者間に争いがないが,そのやり取りの具体的内容については,記事内容4(上記)のとおりであったと認めるべき証拠はなく,これを真実と認めることはできない。

 

(2) 記事内容2,4の摘示事実を真実と誤信したことの相当性について

 

ア 被告は,平成9年11月3日の理事会に先立ち午前中に行われた運営会議(前記)の終了直後に,日小獣理事会副会長のGが日獣を訪問した際に「獣医師が食えなくなる」という趣旨の発言をしたことを被告が指摘して問題視したのに対し,原告がGの発言に同調する形で,「事実そうじゃないか,何もG先生の発言は悪いことじゃないじゃないか」と述べたことから,記事内容4に摘示した原告発言を真実と誤信したことに相当の理由がある旨主張し,これらの事実に沿う証拠として被告の供述(乙14(陳述書)を含む。)も存する。

 しかしながら,被告の供述は,被告が原告に対し「原告は獣医師が食えんようになるからフィラリア予防薬を要指示薬化せよと言った」と言ったのに対し,原告がこれを強く否定し,言い合いになったところ,Gが,自分が日獣を訪問した際に,フィラリア予防薬が市販されるようになって獣医師の経済状況が悪化して食えなくなる者が出てくればさらにモラルが低下することが懸念されると話した旨発言したとする他の証拠(群馬県獣作成の議事録(抄)(甲14の9),G作成の証明書(甲14の15の2)のほか,甲13,14の14,14の15の1,同3,原告本人)のほか,被告の主張自体の内容が大きく変わっていることをも弁論の全趣旨として考慮すると,その信用性が高いということはできず,被告の供述から,被告の主張するような原告発言等の事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

 

イ また,被告は,原告が「食えんようになる」という趣旨の不規則発言をしたとも主張するが,これを認めるべき的確な証拠はない。

 

ウ 被告は,原告が日小獣の理事としての立場ではなく群馬県獣の立場で畜産局長を訪問したこと,原告は,畜産局長訪問の後,被告に対し副作用データの送付依頼をしてきたが,被告は,この時には既に副作用症例の資料を送付してあり,原告は日小獣が副作用事例を集め実態調査を示すことによって要指示薬化を獲得する方針であったことを理解していなかったこと,原告は要指示薬化について政治活動の必要性を主張していたこと等の事実を総合すると,原告は日小獣が農水省に対し副作用の資料提供をして要指示薬化を目指していたことを理解せず,「食えんようになる」という危機感から日小獣の方針に反して政治活動を行ったものであり,記事内容2,4の摘示事実を真実と誤信したのはこのような原告の利権的な態度があったからである旨主張する。

 前記認定の事実(1の(2)(3))によれば,原告が要指示薬化の早期実現を目指し,そのためには政治活動が必要であるとの認識を有しており,各県獣を通じて日獣からも要指示薬化を働きかけるべく,群馬県獣を通じて政治活動を行ったことは認められるが,政治活動の必要性は,副作用症例収集の必要性と並んで日小獣の理事会で承認されていたものであって,上記事実関係から,原告が政治活動によらず副作用症例の資料を提供することにより要指示薬化を目指すという日小獣の方針を理解せず,これに反して行動したとまでは認めることはできず,他にこれを認めるべき証拠はない。

また,原告が「食えんようになる」という動機に基づいて政治活動を行ったと認めるべき的確な証拠もない。

 

エ そうすると,被告が記事内容2,4の摘示事実を真実と誤信したことについては,いずれも合理的な根拠を欠いており,相当の理由があったとは認められない。

 

(3) 以上のとおり,本件記事は,その主要な部分について真実性の証明はなく,かつ,これを被告が真実と信じたことについて相当の理由も認められないものであるから,被告の主張は理由がない。

 また,被告が原告の行動を「ぶちこわし行動」,「わきまえのない行動」,「破廉恥な言動」などと批判し,原告を「このような意識の人物」などと評していることについても,その前提となるべき記事内容2,4の摘示事実が真実と認められず,かつ,これを真実と信じるにつき相当な理由があると認められない以上,意見ないし論評の表明として正当化されるものではない。

 

5 争点4(損害額)

 

 本件においては,政治活動を用いてフィラリア予防薬の要指示薬化を目指すことを強く反対していた被告が,政治活動による要指示薬化推進を批判する意図から本件記事の本件雑誌への掲載に及んだもので,被告なりに公益を図る目的に基づいていたものとは認められるが,この点を考慮しても,本件記事の内容,本件雑誌の性格及び発行部数,原告及び被告の社会的地位その他本件に顕れた一切の事情を総合すると,被告はその不法行為によって原告が被った精神的損害に対する慰謝料として,原告に対し金50万円を賠償すべき義務があるものと認めるのが相当である。

 

第4 結論

 

 以上によれば,原告の本訴請求は,金50万円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がなく失当として棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。

      前橋地方裁判所民事第2部

 

               裁判長裁判官  東 條   宏

 

 

                  裁判官  舘 内 比佐志

 

 

                  裁判官  関 根 澄 子

別紙

記事内容

 

1.「獣医師が食えんから」と社会を背にしたぶちこわしの政治活動

 

2.なんと日小獣の理事として学術部長をしている群馬県獣のK氏が,地元の政治家を伴って畜産局長の元を訪ねて「平成10年10月にカルドメックの専売特許権が切れて薬局販売になる。そうなれば獣医師が食えんようになるから要指示薬化にしてほしい」と陳情したというのである。

 

3.問題の理事K氏の独断によるぶちこわし行動である。

 

4.私がK氏の今回のわきまえのない行動を批判したところ,日小獣の理事会の席上,彼は,「その行動は日小獣とは関係ない。群馬県の専務理事としてやっただけ。フィラリア予防薬が薬局販売になったら獣医師が食えなくなるのは事実だから,そういうのは間違っていない。」と反論するのである。

 

5.なんという破廉恥な言動か。

ものの本質を理解していないばかりか「社会の中の獣医療をめざす」われわれへの挑戦である。

 

6.よくもまあ群馬県獣の人たちは,このような意識の人物を県獣の専務理事においておくものだ。

 

 

 

 

 

 




















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